メモ/チッソの歴史

「人文科学は、批判の科学です。正の部分をしっかり発展させていくためにも、負の側面を直視し、分析する勇気を持つことです。
 たとえば、ある科学技術が登場して、それが社会に影響を及ぼしている、と考えるとき、その科学技術でどのように文明を発展させていくか、という問いはあまり人文科学の発想にはありません。
 その科学技術の現状を分析するというよりは、その科学技術から一歩引いて、歴史的、社会的、哲学的意味を問う、というものです。
 たとえば、ラクターや化学肥料のデュアルユースや環境破壊という問題を考えるとき、その影響評価だけを見るのではなく、どうして、有機肥料から化学肥料に転換が起こったのか(ラクターが普及し、糞尿の生産が少なくなったため。化学合成技術が進歩したため)、その中で、化学肥料の企業である二つの会社がどうして、熊本と新潟で水俣病を引き起こしたのか(国際競争にさらされ、拙速に新しい技術を追い求めたため)、どうして、日本の窒素肥料会社が第2次世界大戦前に植民地の朝鮮半島に現地会社を作ったのか(肥料と同じ工場で火薬を作り、軍事と農業の発展を同時に側面援助するため)、などを考えていくと、ここ数年だけで考えるよりも、より鮮明に未来の科学技術とはどうあるべきかがわかると考えます。」
 藤原辰史(京都大学 人文科学研究所 准教授)
産業技術メールマガジン 技術のおもて側、生活のうら側(第133号、2020年5月28日)
発行:経済産業省産業技術環境局総務課