医薬大手が中国に殺到

ガン、糖尿病、伝染病、今や「世界の臨床試験場」
2007年6月5日 火曜日 BusinessWeek

中国が「世界の工場」とはもう昔。今や新薬開発の試験場となっている。すぐに多くの患者が集まるため、欧米の製薬大手が臨床施設を拡充中。地元住民も新薬の恩恵を受けるが、臓器売買など大きな問題も残る。
 中国北東部保定市で農業を営むファン・シャンクワン氏(49歳)が肝機能障害で入院したのは2006年4月のこと。その後2カ月間、入退院を繰り返して輸血を受けたが、医師たちは病状の悪化を食い止められなかった。
 そんな中、彼のベッド脇に腰掛けている妻に医師の1人がメモを手渡した。メモを読んでくれと頼むまでもなく、ファン氏にはそれが悪い知らせだと分かった。「妻は何も言わなかったが、表情からすべて読み取れた」とファン氏。医師は、自宅で死を迎えさせてやれ、と勧めたのだった。
 だが、あきらめない医師がいた。彼はある米国企業が中国で新しい装置をテスト中だと聞いていた。これを使えば、もしかしたらファン氏は助かるかもしれない――。
 米バイタル・セラピーズ(VTI)が開発した新装置は人工肝臓。大まかに言って、腎機能障害に用いられる透析装置のようなものだ。臨床試験に同意したファン氏は数日間入院して装置をつけ、人工肝臓に肝機能を肩代わりさせている間に肝細胞が再生し肝機能が回復するチャンスに賭けた。ファン氏は今、「体調はすこぶる良い。命拾いした」と話している。

英仏の総人口超す肝炎患者
 VTIは米国で認可を得ようと何年も腐心してきたが、ファン氏のような患者のおかげで今、大きな飛躍の目前にある。米国では臨床試験に十分な患者を集められなかった。だが、その点中国は全く問題ない。
 何しろ当局の推定では、中国にはB型肝炎患者及び感染者が1億3000万人いる。英国とフランスの人口を合わせたより多い数だ。しかも多くが貧しい農民や労働者で、治療を受けようと必死だ。英ウェールズ生まれの生化学者で、VTI会長のテリー・ウィンターズ氏は「米国ではこれほどの臨床試験参加者は募れない」と言う。
 中国にはガンや糖尿病、心臓血管病、各種伝染病に苦しむ患者が極めて多く、それが欧米の医薬品及び医療機器メーカーの関心を引き寄せてきた。各社は中国で研究開発や臨床試験用の施設を拡充している。その理由は低コストと臨床試験参加者を比較的容易に集められることだけではない。中国政府は新薬の販売許可に国内での治験を義務づけているからだ。
 多くの欧米医薬メーカーが1990年代以降、中国に研究拠点を設けてきたが、ここ1年の動きはかつてないほど活発だった。昨年5月、英アストラゼネカはガン治療薬の開発研究に中国で1億ドルを投じると発表。スイスのノバルティスは11月、1億ドルかけて上海に研究開発拠点を設置する計画を発表した。
 米イーライ・リリーは数千人の患者を集めて35の臨床試験を実施中で、今年は前年の2倍の患者を集める計画。科学技術担当の上級副社長スティーブン・ポール博士によれば、一部の臨床試験は米国では患者を募るのが困難なものだと言う。「我々は、これらの臨床試験を中国で安全かつ短時間で実行できる」。
 欧米企業による臨床試験は、中国に大きなメリットを与える。「患者は最先端の医療品に触れられる」とスイス医薬品大手ロシュで臨床監査部門のトップを務めるビート・ウィドラー氏は言う。同社は昨年、中国事業に5000万ドル以上を投じた。また、中国の医師や看護師、研究者の間で「臨床試験の手順に関する理解が深まる」とも指摘する。
 しかし、無秩序で管理が行き届いていない中国の医療システムに深く関わることは、複雑な倫理的問題を提起する可能性がある。
 かつて中国当局は、幹細胞注入や患者の遺伝子構造をいじる治療などの危険な実験も認可していた。それに、治験に参加する人は自分が何に署名したかを必ずしも理解しているわけではない。彼らが臨床試験に殺到するのは、それが医師に診てもらう唯一のチャンスかもしれないからだ。
 欧米の医師や医療関係企業からの圧力もあって、中国政府は倫理上の基本原則を明確にしようと努めてきた。最も厳しく批判されているのは、中国政府が臓器売買を容認しているという問題だ。売買される臓器には死刑執行された囚人のものもある。
 欧米の医療関係企業は臓器売買に加担していないが、その製品は臓器移植患者の手当てに使われている。移植患者には、臓器移植を受けるために中国に来た「医療目的の旅行者」もいる。
 例えばロシュは、臓器移植を受けた患者の免疫機能を抑えるのに一般的に用いられる薬を販売している。「セルセプト」というその薬は患者にとっては救い主だが、誰がそれを利用できるのかを決めるのは難しい。

臓器移植では倫理問題も
 「移植分野で我々は、外部の倫理士チームを招いて、明快で透明性ある規定作りを行った」とロシュのウィドラー氏は言う。
 その他の企業はこの問題から距離を置く道を選んでいる。「移植問題は間違いなく、中国と密接に関わっていきたいと考えている企業の邪魔になる」。米シカゴ大学の臓器移植専門家で、この分野におけるガイドライン作成で中国政府に助言をしているJ・マイケル・ミルズ博士はこう話す。
 5月には臓器売買が法律で禁じられることになった。北京佑安医院の段鐘平副院長によると、昨年の臓器移植数は激減したという。
 しかし、これらの措置も中国で製品開発をしている外資医薬品メーカー幹部の懸念を払拭するわけではない。よく指摘されるのは、臨床試験が官僚的な手続きでがんじがらめにされる点だ。
 「不透明な経過をたどる」と話すのは、製薬会社のために中国で治験を行うエクセル・ファーマスタディーズのマーク・エンゲル会長。
 米ブリストル・マイヤーズ・スクイブの中国事業で、国際的な医療問題担当の上級メディカルディレクターを務めるチェザリー・ステイタッチ博士は、中国の医師は疲弊した医療制度のために、臨床試験を実施する時間が取れないと言う。「通常の診察業務に上乗せする形になる。1日に100人を診察し、昼休みに臨床試験を行っている状態だ」。
 こうした障害をよそに、中国における新薬や新機器の臨床試験ビジネスは今や成長産業となっている。米ATカーニーの最近の調査によると、大手製薬会社の臨床試験実施国として、中国がインドやロシアを抜いて1位に躍り出た。中国の魅力は「抗し難い」ものがあるとATカーニーのバイスプレジデント、キャロル・クルックシャンク氏は言う。
 魅力はコストだ。コンサルティング会社フロスト・アンド・サリバンのヘルスケア部門、アジア太平洋地区バイスプレジデントのリーニタ・ダス氏によれば、中国での臨床試験にかかるコストは欧米諸国で実施した場合の15%で済む。VTIの場合、中国での治験は患者1人につき約1万5000ドルかかるが、米国ですると5万ドルかかる。
 北京で臨床試験をする決定は「考えるまでもないこと」とVTIのウィンターズ会長。「中国が手招きしている」のだ。

Bruce Einhorn with Michael Arndt in Chicago
(BusinessWeek,(C) 2007 May 28,McGraw-Hill,Inc.)
NBonline
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20070531/126116/?ST=nboprint

再びVC投資が増える米国

バイオ、ライフサイエンス分野が急増
2007年5月25日 金曜日 矢野 和彦

 米国ではベンチャーキャピタルによる投資が、このところ増加基調を続けている。全米ベンチャーキャピタル協会によると、今年1〜3月期におけるベンチャーキャピタルの投資額は総額71億ドルで2001年10〜12月期以来の高水準となった。
 件数ベースでは778件と、昨年10〜12月期の802件から多少減少したが、1件当たりの投資額の増加によって、金額ベースでは昨年10〜12月期の57億ドルから約25%の増加となった。

牽引役はライフサイエンス産業への投資
 1〜3月期の投資のうち、初めてベンチャーキャピタルの支援を受けた企業への投資は223件で、金額は15億ドル(全体の21%)だった。このうち、件数にして全体の72%に相当する158件、金額では48%に当たる7億ドルが、「シード」「アーリーステージ」と呼ばれる創業期や成長初期段階にある企業への投資となっている。他方で「レイターステージ」と呼ばれる成熟企業への投資も活発に行われ、2000年10〜12月期以来の高水準となった。
 投資先企業を産業別に見ると、とりわけ大幅な増加を見せた最大の牽引役は、バイオテクノロジーや医療機器といったライフサイエンス産業である。バイオテクノロジーは個別業種としては最大の投資先となっており、また医療機器業種への投資額は昨年10〜12月期から60%もの急増を見せた。
 無論、ソフトウエア業種やネットワークサービスなどIT(情報技術)関連業種も大きな比重を占めているが、足元では全体の投資額の36%を占めるライフサイエンス産業が、ベンチャーキャピタルの関心を最も集めているセクターのようである。
 現在、米国におけるバイオテクノロジーの市場規模は約400億ドル程度と言われるが、ライフサイエンス産業は21世紀における米国の国際競争力をリードする産業になると期待されている。こうした期待感からベンチャーキャピタルによる同産業への投資も大きく加速しているわけである。
 ちなみに、ライフサイエンス産業の集積や発展について最も有望な都市と見られているのがマサチューセッツ州のボストンで、これに続くのが西海岸のサンフランシスコとその周辺地域を含めた「グレーター・サンフランシスコ」と呼ばれるエリアである。サンフランシスコのあるカリフォルニア州やボストンのあるマサチューセッツ州はともに、ベンチャーキャピタルに支援を受けた様々な業種の企業の集積地としても米国でトップクラスの州である。

驚くべきベンチャーキャピタル支援の長期的な成果
 こうしたベンチャーキャピタルによる活発な投資や、支援を受けて成長する企業が米国に数多く存在すること自体はよく知られている。しかし、米国におけるベンチャーキャピタル支援の長期的な成果が、どれほど大きなものになっているかという点は、必ずしも広く伝わってはいない。
 実は、全米ベンチャーキャピタル協会と全世界の経済及び産業分析などを手がけるグローバルインサイトマサチューセッツ州ボストン)が先頃公表した調査結果では、ベンチャーキャピタル支援の長期的な成果が驚くほど大きなものであることが示されている。

 「ベンチャーインパクト(Venture Impact)」と題された調査報告書によると、米国でベンチャーキャピタルの支援を受けて成長した企業が生み出している雇用者の数は、2005年時点で約1000万人に上る。これは現在の民間企業の雇用者数全体の1割近くに匹敵する規模だ。また売上高では2005年には2兆1000億ドルと、米国企業の売上高全体の約8%、名目GDP国内総生産)の約17%もの規模に達している。
 さらに2003年から2005年にかけての雇用や売上高の増加ペースは、ベンチャーキャピタルの支援を受けた企業が、それ以外の企業を大きく上回るものだったことが示されている。
 インテルマイクロソフトスターバックス、グーグル、ホーム・デポ、そしてフェデックスなど、ベンチャーキャピタルの支援を受けた企業の中には、現在既に米国を代表する大企業にまで成長した企業も数多くある。米国ではベンチャーキャピタルの支援が長期的に産業地図を塗り替えてしまうほどの大きなインパクトと果実を米国にもたらしているのである。
 日本でも近年ベンチャーキャピタルの活動は徐々に広がりつつあるようだ。経済産業省の外郭団体である財団法人ベンチャーエンタープライズセンターによる「ベンチャーキャピタル等投資動向調査」によれば、2005年度におけるベンチャーキャピタルの投融資額は2345億円で前年比46%の大幅増加となっている。
 投融資残高ベースでも9887億円、前年比35%増加した。さらに、従来日本のベンチャーキャピタル投資の大半は、レイターステージの企業を対象としたもので、米国のようなアーリーステージ企業への投資は少ないと指摘されてきたが、2000年以降はアーリーステージ企業への投資比率が徐々に高まり、現在では設立から5年未満の企業への投資が全体の約5割を占めているという。
 日本は規模的には、なお米国に比べて低水準とはいえ、ベンチャーキャピタルの活動が裾野を広げていくことで、将来的には米国でベンチャーキャピタルがもたらした果実と同様の成果が、日本でも表れ始めることが期待される。

NBonline
http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20070523/125445/?ST=nboprint