本気で金型産業を育てる中国・大連

2007年5月2日水曜日 橋本 久義
http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20070426/123744/?P=2

久しぶりに中国の大連を訪問した。大連は戦前に日本が統治した関係から日本語を話せる人口が多く、最近も日本語教育に力を入れている。反日ムードが根強い中国で、大連はむしろ日本との関係を強化して発展していこうという戦略に見える。日本企業のコールセンターも数多く立地している。電話口の向こうで、オペレーターが日本語で取り扱い方の説明や、クレーム処理をしてくれているが、実は遠く離れた大連で中国人が受け答えをしている、というのも当たり前になってきた。
 今回の大連訪問の目的は、日本のソフト開発会社であるU社が設立した金型デザインセンターの見学と、大連政府が力を入れている金型工業団地の調査だ。

中国進出を検討する中小企業の強い味方
 U社が設立した金型デザインセンターは通常のデザインセンターと違って、自社のためではなく、日本の中小企業のために作られた。分かりやすく言えば、中国に進出するだけの力(自信?)がない中小企業のために作られた。中国の優秀な若者を雇用して教育し、日本の顧客の指示に従ってCAD/CAM(コンピューターによる設計・製造)データを作って日本にインターネット経由で送り、設計コストの低減に貢献しようというわけだ。
 金型デザインセンターの業務内容は、数種類のタイプがある。例えば「Aプラン(アウトソーシングプラン)」では、日本企業が設計業務の一部を委託することができる。これにより設計業務のピークを分散させられる。「Bプラン(オペレータープラン)」では、大連に勤務する従業員を専任の要員として作業させることができる。必要に応じて来日させて、自社で訓練することも可能だ。
 「Cプラン(オール・イン・パッケージプラン)」は、オフィス、インフラ、人、教育、福利厚生施設などをまとめてレンタルできる。日本企業はリスクを最小限に抑えて、中国への進出が可能になる。このほか、コールセンターや、事務センター(給与計算など)などの代行も行うという。
 現在、50社近い日本企業が利用しているらしいが、大企業の利用が予想外に多いという。見学させていただいたが、100人近い中国の青年たちが元気良く、また仲良く働いていた。日本でも大企業が新卒者の大量採用を復活させ、中小企業が若者を採用することが困難になりつつある。中小企業はこのような施設を利用するのも1つの手だろう。

至れり尽くせりの工業団地
 次に訪れたのは、大連の金型工業団地だ。大連の金型に対する政策は特筆に値する。2003年に元大連市長の魏富海氏が、金型産業を中国産業発展の要と位置づけ、金型産業振興のための施策を各種講じてきた。
 経済技術開発区に4つの金型団地が作られている。特筆すべきは4番目に作られたインキュベーション団地(起業家やベンチャー企業の支援施設)だ。このインキュベーション団地が日本とはスケールが違う。敷地は5万3000平方メートルもある。10の金型工場棟があり、貸し付け面積は500〜2000平方メートルだからスケールが大きい。日本でインキュベーション団地といえば、貸し付け面積は70〜120平方メートル程度がせいぜいだ。それを考えれば、夢のような話だ。相当の仕事量をこなせる広さだ。おまけに入居後2年間は、賃貸料が無料だという(10年間居住契約した場合)。
 建物も天井高が4.8メートル、6.8メートル、9メートル…、と各種サイズが用意されている。工場の広さも交渉によって2000平方メートルまで拡張することが可能だ。同じ敷地内には、1000人強を収容できる独身寮が完備している。もちろん食堂や浴室もある。1部屋に住むのは4〜8人で(日本では最近あまり見ない形だが…)、工場を24時間操業させることが可能だ。
 この団地には現在41企業が入居しているという。日系企業は10社だ。希望する会社はもっと多かったのだが、中国系企業を育てようということで日系企業の数を制限したという。残りの31社は中国系だ。
 金型企業の集積地ということで、材料問屋や工具問屋、工作機械メーカーが足しげくやって来る。そのため今日頼んだものが明日には届く。金型企業であれば、工場建設費用の貸付金の利子補填も受けられるなど、まさに至れり尽くせり。金型企業はとにかく最優先なのだ。

中国の金型企業を指導した日本人技術者
 大連市長がこのような金型団地を構想したのは、実は日本の金型技術者のアイデアが元になっている。日本貿易振興機構JETRO)の国際金型育成事業を立ち上げた岸本善男さんだ。
 今から10年程前、中国東北部の金型企業は、国有企業の金型部門か、極めて小規模な地場企業しかなかった。岸本さんは質問票を作って調査しながら、そうした企業を指導していった。相手は、減価償却の考え方も知らないし、工作機械の動向にも全く関心がないような人たちである。だから調査票も「あなたは金型が好きですか?」から始まるユニークなものだった。「好きであれば、必ず道は開ける」というのが、岸本さんの確信だったからだ。岸本さんのこうした活動が大連市の耳に入り、魏元市長が岸本さんに感化されて、金型工業団地の建設をはじめ、一連の金型産業育成策を取り始めたのである。
 なお、大連の7つの学校はすべて金型専攻科目を設置しており、毎年、金型専門学
科卒業生が500人出るという。誠にうらやましい限りだ