IBMのイノベーション新戦略 孤高の単独主義は衰退への危険な選択

2007年9月19日 水曜日
Steve Hamm (BusinessWeek誌シニアライター、ニューヨーク)
米国時間2007年8月30日更新 「Radical Collaboration」

 米IBMニューヨーク州アーモンク)は2000年、半導体事業に50億ドルを新規投資することを決めた。その決断がプラスに評価されるようになったのは2003年後半からである。
 2002年、IBM半導体部門は10億ドルを超える損失を計上し、次の年も2億5200万ドルの赤字が見込まれていた。投資家は“ビッグブルー”に半導体事業からの撤退を促した。しかし、IBMは聞き入れなかった。高性能サーバー製造という高収益事業での優位性を保つには、最先端の半導体チップ技術が不可欠だと考えていたからだ。ただし、明らかに、何か手を打つ必要に迫られていた。
 当時半導体部門を担当していたジョン・ケリー氏は、ニューヨーク州イースト・フィッシュキルにあるIBM半導体製造工場に10人の幹部を集めて、戦略転換を迫った。半導体技術の先端研究を続けていくためには、他社との共同開発体制を構築することが不可欠だと訴えたのである。

他社との共同開発を強化する提案に現場は猛反発
 それまでも製造技術や半導体設計を向上させるために他社と提携することはあった。そして、IBMリサーチの研究者との共同研究など、もっと緊密な協力関係を結びたいという声が上がっていた。だが、ケリー氏の提案に現場の研究者たちは猛反発した。予想した通りだった。
 「あの時は大騒ぎだった。IBMの研究所は外部の人間を受け入れたことなどなかったからね」。当時の半導体研究開発責任者で、現在は提携担当のバーナード・メイヤーソン氏は振り返る。「そんなことをしたら10年分の研究成果が台無しになってしまう。皆の頭に浮かんだのは、そういう悪夢のようなシナリオだった」。
 激論2時間、ケリー氏は研究者たちを何とか説得した。その後、IBMは「オープンエコシステム」と呼ばれる共同研究体制をパートナー企業9社と構築したのである。参加企業は、アドバンスト・マイクロ・デバイシズ、ソニー東芝フリースケール・セミコンダクタ、アルバニー・ナノテク(産官学共同の研究センター)などだ。提携は5分野にわたり、パートナー企業からの提供資金は総額10億ドル以上になる。IBMはこれを施設の拡充や最新の製造装置の購入に充てた。
 だが、資金にもまして貴重だったのは“頭脳”だった。イースト・フィッシュキルには250人以上の科学者やエンジニアがパートナー企業から集まった。その結果、IBM半導体事業は急成長を遂げ、シリコンサイクルの底にある今でも利益を上げているのだ。

イノベーションネットワークの時代が到来
 要するに、IBMイノベーションの手法を全く新しく作り出そうとしているのだ。かつては、「研究開発は自社単独でやるものだ」と信じて疑わず、IBMの技術が唯一最高なのであってそれ以外はクズだと言わんばかりの雰囲気さえあった。
 しかし、時代は変わった。IBMがどんなに巨大でもすべての技術者を抱え込むことはできない。IBMの社外には優秀な人材がわんさといる。それが新しい時代の現実だということにIBMは気がついた。だからこそ、研究開発パートナーを熱心に求めているのだ。サミュエル・J・パルミサーノCEO(最高経営責任者)は、「IBMが他社と協力する時、IBMは最も革新的になれる」と言い切る。
 社外の英知を招き入れ、イノベーションのプロセスを見せてしまう──。IBMの決断は企業戦略の先端的試みであり、実はほかの大手企業も強い関心を示している。企業であれ、研究者個人であれ、それらの間の壁を取り払って“チーム”として最大の成果を叩き出すことが21世紀に勝ち残るための条件なのである。

 これを、「イノベーションネットワーク」と呼ぶ。
 米調査会社フォレスター・リサーチのアナリスト、ナビ・ラジョウ氏は、「このネットワークによって社内外に散らばる“革新力”を結集し、利益の最大化、製品の迅速投入が可能になる」と説明する。
 言い換えれば、「企業VS企業」という単純な競争の構図は過去のものになり、様々な企業連合を組んでイノベーションを生み出し続けなければ生き残れないのである。草分けは、英通信大手BTグループ、独化学メーカーBASF、米ボーイング、米製薬会社イーライ・リリー、米P&G、そしてIBMである。いずれも既に戦略を転換し、他社との連携ネットワークの拡大を推進中だ。
 フォレスター・リサーチの推定では、大手企業のほとんどがイノベーションネットワークについて認識しているが、試行段階にあるのは20〜30%程度。効果を上げている企業はわずか5%だという。

企業間パートナーシップが変容
 共同イノベーションにマニュアルはない。最も重要なことは、常識にとらわれず大胆に発想することだ。
 例えば、製品やサービスの供給業者に対するこれまでの見方を変えて、製品や部品のデザインに関する斬新なアイデアを得ようとしている企業がある。ボーイングの新中型旅客機「787」(通称ドリームライナー)には、世界中の供給業者から寄せられた様々なアイデアが細かいところにまで生かされている。
 個人やベンチャーから斬新なアイデアを発掘することに力を入れている企業もある。BTはアイデアのスカウト役をインド、中国、シリコンバレーに常駐させ、先端情報の収集と活用を推進している。
 また、少数の企業がパートナーシップを組んで競争力を強化する取り組みもある。同じようなことは20年以上も前から実践されてきたが、最新の傾向はやや趣が異なる。
 第1に、国内で完結するのではなく国境を越える連携が当たり前になっている点だ。1987年、米国の半導体チップメーカーが集まって研究開発共同体「セマテック」を結成した。当時急成長していた日本勢に対抗するための窮余の策だった。ところが今では米国企業以外にも門戸が開放され、日本からは2社が加わっている。
 第2の変化は、所属する企業の壁を越えて研究者たちがアイデアや知的財産を共有し、協力することによって、より大きな成果を生み出す試みが始まっていることだ。一昔前には考えられなかったことだ。
 既に効果が表れている。ボーイングは787ドリームライナーの開発期間を12カ月短縮することに成功した。P&Gは世界各国の個人発明家と連携する「コネクト・アンド・ディベロップ」戦略プログラムによって研究開発の生産性を60%も向上させた。BTも外部との協力プロジェクトによって2002年からの累計で10億ドルの収益アップを果たした。

生まれ変わったIBM半導体工場
 ニューヨーク市ハドソンバレーにあるIBM半導体製造工場──。7年前には操業休止状態だったが、現在は活気に溢れている。他社との協力戦略のおかげと言っていいだろう。
 20万平方フィートの工場を修復、拡張するために44億ドルを投じたが、その巨額投資はパートナー各社にも分担してもらった。「IBMだけで負担するにはあまりにも巨額だった」と、システム&テクノロジー・グループ担当統括マネジャー、ウィリアム・ツァイトラー氏は言う。複数のパートナー企業で投資を分担することで、最先端の設備を手にすることができる。
 広大な工場に足を踏み入れると、そこはロボットが支配する世界だ。機関車ぐらいの大きさの半導体製造装置が何百台も設置され、頭上の自動搬送システムがシリコンディスクをクーラーボックス大の容器に入れて運んでいく。ケーブルで吊り下げられたディスクは製造装置の中に送り込まれていく。装置内ではロボットアームがディスクを作業台から作業台へと移し、次々に処理を加えていく。シリコンディスク1枚から500〜1000個のチップが作られる。
 人間はというと、“バニースーツ”と呼ばれる防塵服に身を包み、場内をゆっくり歩き回っている。半導体製造の現場は高度に自動化されているが、正しく動作させるためには人間の“目”が必要なのだ。エンジニアや科学者は絶えず全工程を監視し、歩留まりを上げるように調整を繰り返している。
 半導体製造工場では、自社の従業員以外の者には色の違うバニースーツを着用させて、一目で見分けがつくようにすることが多い。だが、イースト・フィッシュキルでは全員──2000人のIBM社員と数百人のパートナー企業社員──が白いバニースーツを着ている。ここでの共同作業には、誰から給料をもらっているかということは関係ないのだ。チームを率いるのは、IBMの社員であったり、あるいはAMDやフリースケールの社員であったりする。
 「組織の壁なんてどこにもない。我々は素晴らしい混成チームだ」と、AMD側の責任者であるジョン・ペレリン氏は言う。

単独投資にはもう耐えられない
 新しい製造工場を建設したり、最先端の研究開発に取り組むためには、途方もない額の投資が必要になっている。そうした分野で生き残るために、他社との協力関係は必要不可欠なものになりつつある。単独投資に耐えられるのは、米インテルなどごく一部のトップ企業だけである。
 半導体の新工場を建設するには、2年で40億ドル以上の投資が必要だ。さらに、設計、素材、製造プロセスの研究開発を進めなければ競争には勝てない。研究開発コストは年平均12%という勢いで上昇しているのに、半導体産業全体の収益は6%しか伸びていない。「研究開発コストが半導体メーカーの重圧になっている」(米VLSIリサーチのダン・ハチェソンCEO)。
 共同投資にすれば、数十億ドルの節約効果がある。ハチェソン氏の推定では、IBM半導体連合のメンバー企業は全体で20億〜40億ドルの研究開発コストを節約できた。米市場調査会社インスタットは、今後3年でさらに70億ドルを節約できるだろうと見ている。

社外の知恵を吸収するには、まず社内を変えるべし
 共同イノベーションには利点が多いが、もちろんリスクもある。そもそも、自社内で社員の目標意識を一致させることさえ苦労するのに、何社もの利害がからむパートナー体制ではなおさらである。誰が責任を取るのか、成果は誰のものかといった問題がつきまとう。
 「厄介なのは、誰が主導権を取るかということと、往々にして各社の目標にずれがあることだ」と、カリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネスのローラ・タイソン教授は言う。「共同開発した知的財産の扱いもややこしい。“離婚”した後のことも考えておかなければ、大変なことになる」(タイソン)。
 他社との協力関係を成功させるカギは、“婚約”する前に共通の目標やルールを決めておくことだ。日常的なやり取りについてもマニュアルを作る。他社の人間に話してよいことといけないことも明記しておく。
 仕事のやり方も見直す必要がある。P&GのA.G.ラフリーCEOが「イノベーションの半分を社外から発掘する」という目標を設定した時、プロジェクトチームは選別・導入のための専門部隊を新設すべきだという結論を出した。現在、200人以上で構成される社内チームが年間2500件以上のイノベーションを検討している。
 「社外の知恵を取り込んで吸収するためには、まず、社内の構造を変えなければならない」。コンサルティング会社フォー・イノのラリー・ヒューストン氏は言う。かつて、P&Gで“外部イノベーションプログラム”を率いた経験から得た教訓だ。
 基礎研究に対象を絞り込むことによって、ライバル企業とさえ良好な協力関係を結べる場合もある。製薬業界にその先例がある。イーライ・リリーを含めた製薬会社は、疾患の兆候を示す物質「バイオマーカー」を特定するための研究で協力している。基礎研究の成果は各社が共有するが、製品レベルの開発は各社が独自に行うのである。

国民性や企業文化の違いをいかに乗り越えるか
 イノベーションネットワークは失敗することもある。参加企業の関心がかみ合わなくなった場合がほとんどだ。
 今年初めに半導体共同研究「クロル2アライアンス」が分裂したのもそれが原因だった。最初に離脱したのは蘭NXPセミコンダクターズだった。そして、フリースケールと伊仏合弁のSTマイクロエレクトロニクスが続いた。何を最優先にするかで衝突が起きていた。
 STマイクロのアンドレア・クオモCSO(最高戦略責任者)はこう振り返る。「(パートナーというのは)ルームメイトのようなものだ。1人が午前3時に帰ってきて、もう1人が朝7時に起きるというのではうまくいくわけがない」。
 クロル2アライアンスの解消後、STマイクロとフリースケールはIBM連合に加わった。フリースケールは全5分野のうち3分野にからむことにした。同社はIBMの共同イノベーションの運営スキルを高く評価している。「IBMにとっては初めての経験ではない。きっと、うまくいく」(フリースケールのグレッグ・バートレット副社長)。
 だが、IBMにとってここまでの道のりは険しかった。初めの頃は提携相手との関係がぎくしゃくすることも少なくなかった。
 1990年代、IBM半導体モリーの新技術開発を目指し、独インフィニオン・テクノロジーズと日本の東芝合弁会社を設立した。だが、国民性や企業文化の違いは大きく、ぶつかり合ってしまったのだ。

東芝のエンジニアが突然、怒りだした!
 例えば、東芝のエンジニアがある時、IBMのエンジニアに食ってかかった。本来なら皆で共有すべき情報を隠しているというのだ。チームの雰囲気は最悪だった。3社はそれぞれのエンジニア10人ずつを3日間のチームワーク研修に送り込み、うまくやっていくにはどうしたらいいかを考えさせた。
 IBMでは、オープンな会議で議論し、その場で結論を出してしまうのが普通。ところが、東芝のエンジニアはまずプレゼンテーションを見て、リポートをじっくり読み、その後で結論を出す。IBMからリポートが出てこなかったために、東芝のエンジニアたちは自分たちが蚊帳の外に置かれているのではないかと疑心暗鬼になったのである。解決策として、会議には記録係を置き、後で議事録を配布することにした。
 今では、IBMの管理職は文化の問題に特に気を配るようになった。プロジェクト・マネジャーのムケシュ・カーレ氏は、東芝のエンジニアがグループ討議の際に「はい」と言うのは「提案の内容を理解した」という意味であって、必ずしも「賛成」しているわけではないと言う。カーレ氏は会議が終わった後に必ず東芝のエンジニアを訪ね、真意を確かめるようにしている。
 相互信頼なくして企業間提携の成功はない。低誘電体(Low-K)やメタルゲートといった最先端技術の共同開発プロジェクトに際して、IBMAMDソニー東芝は、それぞれが持つ最高のノウハウを持ち寄った。例えば、AMDは共同で編み出した理論を検証するための試験装置で惜しみない貢献をした。
 「昔はこうした協力関係に不安があったが、今は全くない。彼らの仕事は文句なしの一級品だ」と、IBMフェローのダン・エーデルスタイン氏は言う。

最も大切なのは「忍耐」と「思い入れ」
 アラン・カロエロス氏は型破りな大学教授だ。ニューヨーク州立大学アルバニー校で物理学を教えるカロエロス氏は、よく日焼けした51歳。「ドクター・ナノ」という飾りナンバープレートを500馬力のフェラーリ「F430スパイダーF1」につけて乗り回している。インタビューの前、人工甘味料を15袋も開け、巨大なマグカップのコーヒーに溶かした。「甘いものに目がなくてね」。
 実はこの押しの強い人物こそ、IBM半導体研究ネットワークに欠かせないパートナーの1人なのだ。提携の成功にとって最も重要な2つの要素は、「忍耐力」と「思い入れ」。カロエロス氏そのものだ。
 1990年代後半、カロエロス氏とIBMジョン・ケリー氏はアルバニー校を半導体研究の中心地にするという夢を描いていた。2人はその夢を粘り強く追い続け、州と企業からの出資を得た。そして10年の歳月と42億ドルの投資を経て、「アルバニー・ナノテク」は、大学と企業の研究者1800人が集う世界最先端の大学系半導体研究センターになった。
 IBMとパートナー企業は最新の半導体製造装置を利用でき、自社に導入するためのプロセス設計を行うことができる。提携に参加していないライバル企業に先んずることができるのだ。これは強豪インテルにさえ追いつける可能性があることを意味する。潤沢な資源を誇るインテルは常に技術革新の1年先を走っているが、アルバニー・ナノテクにはその差を縮めるための資源が集まっている。
 IBMニューヨーク州の共同プロジェクトはずっと綱渡りのようなものだった。両者とも資金調達にはかなり苦労した。だが、大型の投資が実現した今、その苦労は報われつつある。資金さえ調達してしまえば、その先の必勝法は極めてシンプル。リスクを共有し、目標に向かってひたすら突き進むことである。「この共同プロジェクトは絶対に成功する。ジョン・ケリーは言い続けていた。彼はこの事業に賭けていた」。プロジェクトを後押ししたジョージ・パタキ前ニューヨーク州知事は言う。

オープンイノベーションの流れには逆らえない
 IBM、アルバニー・ナノテク、AMD、フリースケールなどの提携は、望んだとおりの成果を上げている。IBMはこのイノベーションのエコシステムにチップ原料の供給業者、化学会社、チップ設計ソフトウエア会社を呼び込んで、もっと大きな輪にしようとしている。
 「これは“生き残るため”ではなく“躍進するため”のモデルだ」。現在、IBMリサーチの所長となったケリー氏は断言する。ケリー氏やカロエロス氏のような先駆者にとっては前進あるのみだ。
 多くの企業にとってオープンイノベーション戦略は未知数であり、リスクもある。だが、導入企業が増えるにつれて、流れに逆らうことは難しくなっていく。先延ばしにすれば、時代に取り残されてしまうだろう。